目指すはMaaS、タクシーと「愛タク」の関係のカギは共存。“選べる”からこそ発展する

  • 日本中央交通株式会社代表取締役社長の諸井昌代氏

群馬県富岡市が運行しているデマンド型乗合タクシー「愛タク」。市全域が対象で、公共交通機関空白地域の解消や高齢者をはじめとする住民の移動をサポートする事業として、2021年1月にスタートしました。

富岡市民の“ちょっと行きたい”を後押しする同サービス。開始から約1年が経ち、運行を担う地元のタクシー会社2社(日本中央交通・上信ハイヤー)のうち今回は日本中央交通株式会社の代表取締役社長の諸井昌代氏に、現在の状況と展望を聞いてみることに。ローンチから1年、見えてきたものとはなんだったのでしょう!?

「ユーザーが選べ、自由に使えることが理想」と諸井社長

  • 日本中央交通株式会社代表取締役社長の諸井昌代氏

今回訪れた日本中央交通は、昭和28年(1953年)に前橋市で設立され、昭和62年(1987年)に富岡市でタクシー業務を始めるなど地域に根ざした会社です。そんな同社が「愛タク」事業に参加した理由として諸井社長は「富岡市活性化のサポートをしたかった」と話します。

「とにかく高齢者の方が増えていく中で、お家に引きこもるより外に出てほしいと。デマンドに参加することで、少しでも外出時の利便性に貢献できればと当初考えていました」と続けます。

  • 富岡市の「愛タク」

    「愛タク」は最大7名乗りのミニバン6台で運行中

1年経っての感想は「成功している」とのこと。やはり100円(富岡市民・障がい者・市内通勤通学者他)という価格は大きな魅力で、高齢者の常連はもちろん新規ユーザーの取り込みの一助にもなっているようです。リーズナブルな値段設定は利用のハードルを下げ、ユーザーの生活に近い存在になれたと感じているそうです。

諸井社長は「街が生きていなければ、どの業種も存続できません。運行で街の活性化を促しながら“愛タク”とタクシー、どう共存していくかもひとつの課題」と続けます。

1年運行して改めて感じたのは“共存”の重要性。住民のひとつの足として機能していた既存のタクシー需要を奪うことなく、“愛タク”とどう共に進むかが今後のカギ。諸井社長は「ユーザーが選べ、自由に使えることが理想」と話します。

  • 富岡市の「愛タク」

    タクシーと「愛タク」は互いを補完する関係が理想

まさに「愛タク」は100円とリーズナブル&停留所での乗降で乗合、タクシーは少し価格が上がるけれど“ドア・ツー・ドア”で家から乗れるうえに貸切。それぞれのメリットとデメリットをユーザーが理解し使い分けることで共存は成り立ちます。

「さまざまな選択肢を提示し、ユーザーの使い勝手も考えながら、お互いの領域を荒らさず、それぞれ何ができるのかですね。それに経路検索・予約・決済をアプリ1つで実現する『MaaS(Mobility as a Service)』の流れにも乗っていかないと」とも同氏。「2030年、2050年と未来を見た時に確実にMaaSの時代は来ます。タクシー・バス・鉄道事業者はどうあるべきか? 企業同士の連携も大事だと考えています」と言います。

  • 愛タクの日本中央交通

    日本中央交通の本社社屋

近年、タクシーが日常的に一定エリアを走っていることに着目し、さまざまな業種からの“運ぶ”コラボの打診が多くあるそう。「ここは譲って、ここは一緒に! その話し合いが今後さらに必要かと。そして“誰ひとり取り残さない”シームレスな移動と自由をサポートするMaaSを皆で目指せたら」と意気込みます。

なお、富岡市には東西に上信電鉄が通っています。鉄道とのタクシーの連携については、「共存共栄しながら、長い目で見てうまく連携できれば移動の幅は広がりますね。デマンド型も含め、その地域に合ったやり方を模索していく必要はありますが」と、可能性も感じているよう。

鉄道であれば他エリアへも一気に移動できます。駅までの「愛タク」予約と鉄道の切符購入、さらに到着先でのタクシー予約まで一気に完結できればまさにMaaSと言っていいはず。すでに“横は鉄道・縦は「愛タク」”の利用が多いとデータで見えているので、さらなる連携を願いたいところ!

1年経って見えてきたユーザー側の「愛タク」の使い方と運行側のメリットって?

  • 日本中央交通のドライバー、吉澤美佐子氏(左)と柳澤丈司氏(右)

毎日午前8時から午後5時まで運行中の「愛タク」。利用率も非常に高く、市内で車体を見る頻度も高くなっています。実際に運行する乗務員2名にも、現状について聞いてみました。

ドライバーの柳澤丈司氏はローテーションで月6日ほど「愛タク」を担当しており、「平日の乗客は病院や買い物の高齢者の方がほとんどで7〜8割程度は常連さん」と話します。逆に土日は客層がガラリと変わり、休日の買い出し目的で来日中の技能実習生の利用が多いそう。県外者から見ると意外な使われ方ですが、工業団地がある富岡らしいともいえます。

さらに、市内にある温浴施設に毎日通うなど、老後の日常的な楽しみのひとつとして活用される例も。通勤通学で利用したり、無料で乗れる未就学児が乗車したりしているデータから、ファミリー層もちらほら。平日も放課後利用で学生がカフェまで使うなど、高齢者以外にもユーザーの広がりは現場でも肌で感じている様子。

「愛タク」専属ドライバーの吉澤美佐子氏には、ドライバーから見たメリットを聞いてみました。やはり勤務時間にメリハリがきちんとあることがモチベーションアップにつながるそう。「完全な月給制でとても働きやすい」と応えてくれました。約1年前にもインタビューしていますが、「とにかく運転し続けられていることが楽しい!」と変わらぬ笑顔を見せてくれました。

  • 愛タクのディスプレイ

    GooleMap導入でタブレットのナビもさらに見やすくなった

専属ドライバー雇用に関しては、諸井社長も「誰もが働く時代であり、そういう意味でもデマンドに専用ドライバーとして女性を起用しました。Google Mapを利用したナビもあり、ルートや停留所も明確。昼間のみの運行で、予約アプリに個人情報を登録済みなので犯罪抑制にもなります」と太鼓判を押します。「愛タク」専属ドライバーの新たな採用は未定ですが、女性ドライバーの雇用は積極的に同社としても行なっていくとのことです。

固定給に関してはコロナ禍だからこその安心もあったと柳澤氏。「タクシーは完全歩合制、コロナ禍でタクシー業界が打撃を受けるなか、愛タク運行分の給与が毎月定額で確実に入ることで、心にゆとりが生まれた」と教えてくれました。

さらに「待機時間が少ないのもドライバーとしてはありがたい」と柳澤氏。コロナ禍でタクシー利用が減るなかで待機時間が長いとモチベーション維持が難しいとのこと。「愛タク」で常に運転していることで、集中力も途切れずやりがいにもつながっているといいます。とはいえ、あまりの稼働率に当初は休憩を取るのが大変だったらしく、それを踏まえ現在はしっかりと休憩前後は予約がはいらないように調整をしているそう。

人を運ぶだけじゃない、貨物としてのデマンドにも可能性!?

「愛タク」を含め、人が困っているときに高まるのがタクシーの需要。自家用車を持たない高齢者はもちろん、雪などの悪天候、重い荷物が多いなど、さまざまなケースが考えられます。そんな日常生活での“困った”を解消するタクシー事業者による買い物代行サービス”が全国で広まりつつあります。

日本中央交通でも、ドライバーに買物代行が頼める「お買い物タクシー」を実施中。近隣の群馬県渋川市でも行政と連携し、75歳以上で運転免許を持たない居住者が自己負担1000円で買物や薬の受け取りが頼める生活支援事業「おつかいタクシー」をサポートする1社として名を連ねています。

  • 日本中央交通株式会社代表取締役社長の諸井昌代氏

    現状のタクシー活用例についても話してもらえた

同サービスは、人ではなく商品を運ぶサービスですが「愛タク」のようなアプリを使ったデマンドサービスとも相性がいいはずで、組み合わせた高齢者向けサービスも今後考えられそう。諸井社長は「免許返納や高齢者の方が増えるなか、今まで人を運んでいたタクシーにもプラスアルファのことがないと! ぜひそこはタクシーでお願いしたいところ」と本音もチラリ。実際にサービス利用者からは嬉しい反応も届いており、やはり前述の“共存”がキーになってくるのでしょう。

「愛タク」は、“移動の困った”を助けるモビリティとして、富岡の市民に溶け込んでいますが、サービスの発展の余地はまだまだあります。世の中には“買い物”や“薬の受け取り”をはじめなどさまざまな”困った”が存在しています。タクシー事業者とともに歩みながら、それぞれができる“困ったの解消”を担い”、利用者の「また使いたい!」につなげていくのが、幸せな未来なのかもしれませんね。

(文/写真:村上俊一)

[GAZOO編集部]

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