27年前の独身時代に購入したセリカGT-FOURは、時を経て家族の一員に

  • GAZOO愛車取材会の会場である平城京朱雀門ひろばで取材したトヨタ・セリカ(ST205)

    トヨタ・セリカGT-FOUR(ST205)

例えばGR86やBRZなど、2ドア・スポーツカーの新車レビューを書くにあたり、リヤシートに関する常套句として次のようなものがある。『リヤシートは狭く、成人が常用するには向いていない。子供用として割り切るか、短時間の移動に限定した補助席のような使い方が現実的だろう』 かく言う筆者も何度となく使ってきた表現だが、実際に自分でリヤシートに座ってみて感じた、嘘偽りない印象を書いているつもりだ。

ただ、正直なところ、実際にそういう使い方をする人は少ないだろうと思っているのも事実。多くは1人か2人で乗ることを前提にしており、リヤシートはほとんど荷物置き場として使われているのが現実だと、腹の底では思っていたりする。
つまり上記の常套句は、あくまで『いるにはいるだろうけれど、レアな家族像』を想定した表現でもあるのだ。

そして今回、奈良県での出張取材会でお会いすることができた『Hikaru』さんご一家は、まさにそんな想像の産物を具現化したようなご家族だった。聞けば、Hikaruさんが独身時代の1997年に新車で購入したST205型のトヨタセリカGT-FOURを、4人家族となった今も現役バリバリのファミリーカーとして使っているという。
筆者はもう狼少年の如く『ここにいたぞーっ』と、大声で叫びたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。

最初にHikaruさんがセリカに興味を持ったキッカケが、ひとつ前のモデルであるST185型のセリカGT-FOUR。WRCやサファリラリーなどで見せつけた活躍が、強烈に印象づけられていたのだそうだ。当時は親から譲ってもらったカリーナEDに乗っていたが、後継モデルの6代目セリカが登場すると「新型もカッコいいじゃないか!」とデザインに惚れ込み、いつかはセリカ! と強い決意のもと貯金をスタートさせたという。

「スーパーカー世代なので、とにかくクルマが好きで、乗るならやっぱりスポーツカーがいいなという思いはずっと持っていました。セリカGT-FOURは当時自分が買うことのできる数少ない選択肢のひとつでしたし、ターボ車特有のプシューッというブローオフバルブの音にも憧れましたね(笑)」

そんな思いを昇華し、20代前半の時に念願叶ってセリカGT-FOURを購入したHikaruさん。うれしさの余り毎日のようにハンドルを握り、いつしか国内B級ライセンスを取得してジムカーナに熱中した時期もあったそうだ。

「世間で言われている通り、フロントヘビーでアンダーステアが強いのは事実なんです。他にもっと曲がりやすいクルマがあるのも、乗ってみて実感しました。ST205はWRCでも不遇の存在でしたし、そのためか漫画や映画での扱いもイマイチですけど、そういった一般的な評価より、私は自分のクルマに対して湧き出てくる愛着の方が強かったんです」

そんな言葉が、生半可な気持ちから来ているわけではないことがわかる証拠が、鮮やかな真紅のボディ。4年ほど前に全塗装を行なったもので、Hikaruさんの好みで部分的にゴールドの差し色を入れた美しい赤金コントラストを実現している。
「赤いクルマの宿命ではあるんですけど、時間とともに色がくすんできちゃったんですよね。そのままだと、やはり愛着が薄れてしまいますし、思い切って全塗装することにしました」

費用面を考えて、なかなか一歩を踏み出せないのが全塗装だが、Hikaruさんにとってはセリカに対する愛着の大きな部分を『見た目』が占めているので、何ら惜しい気持ちはなかった。開口部が広く、アグレッシブなデザインをしたC-ONE製フロントスポイラーはもちろん、隅々まで塗装を行ない、すっかりリフレッシュ。『高下駄』とも呼ばれるWRC仕様の大型純正リヤスポイラーは『GT-FOUR』のロゴが入る部分をゴールドで塗装。ボンネットのメッシュグリルやリヤのトヨタエンブレムもゴールドにして、統一感を表現している。

そしてホイールは、PCD100の5Hで、インセットも35くらいがちょうど良いという、なかなかレアな設定の上、色はゴールド一択という強いこだわりから、どうしても選択肢が限られてしまう。色々探した結果、O・ZのレッジェーラHLTの17インチにドンズバなサイズを発見。以前に履いていたスピードラインもお気に入りだったが、より細身でスポーティな5ツインスポークに大満足している。

そんな強いこだわりが詰まった愛車だけに、Hikaruさんは家族が増えても実用的なクルマに買い替える気持ちはまるで湧かなかったそうで「うちのクルマはこれなんだと、もはや家族も諦めてますね(笑)」と言う。その辺を奥さまにも伺ってみたところ、ほぼ同じ答えが返ってきた。

「結婚する前というより、付き合う前から主人はこのクルマに乗っていましたから、まぁ仕方ないのかなって(笑)。子供が生まれてからも、セリカは家族を乗せて色々なところに連れていってくれていますし、ある意味、家族同然な感じですね」

家族同然という表現に、奥さまもセリカに強い愛情を感じているところがわかった。そして、おそらくはそんな奥さま以上にセリカに対して強い気持ちを持っているのが、息子さんである。
「お腹の中にいた時から乗ってましたから」と両親が語るそばで「不思議とセリカに乗ると落ち着きます。家のベッドより寝心地がいいくらい」と真顔で説明してくれた。

スーパーGTの観戦など、モータースポーツに関する体験も多くしてきたことで、今では父親に負けず劣らずなクルマ好きへと成長した息子さん。クルマのイベントに出掛けると、滅多に見る機会のないスーパーカーやレーシングカーの写真を撮ったり、大人の輪に混じってクルマ談義に挑んだりするのがライフワークとなっている。ちなみに息子さんの名前は、ずっと家族で応援しているプロドライバーの脇阪寿一さんから一字をもらったのだそう。セリカのダッシュボードには、敬愛する脇阪さんのサインが書かれている。

そして娘さんはというと、楽しさより恥ずかしさが先立つお年頃。でも、カメラのレンズを向けられるとしっかりポーズを取ってくれる、Hikaru家のアイドルだ。この日も宥めすかしてセリカとのツーショットを撮らせてもらったが、なぜか傘を持っていると落ち着くらしく、最後はニッコリ笑顔で場を和ませてくれた。

古いクルマを維持していくにあたり、Hikaruさんが一番苦労しているのは、やはり部品が手に入りにくくなっていることだという。オーナーズクラブでの情報交換は必要不可欠で、セリカを手放すことにした人から譲ってもらったパーツなどもあるそうだ。
TRDのシフトノブがまさにそうで、今や貴重な逸品。ステアリングも当時のTRD製で、アフターパーツとしては珍しくエアバッグが内蔵されている。

「クラッチ交換は何度となくしていまして、車検のタイミングで2〜3回に1回のペースで交換しています。その時にエンジンを下ろすので、消耗品の交換や整備など、ついでにやれることをいっぺんにやっちゃうという感じですね」

Hikaruさんは割とあっさりそう言うが、2〜3回に1回のペースとはいえ車検時にエンジンを下ろして整備するとなれば、出費もそれなりにかかっているに違いない。

「まあ、そうなんですけど、じゃあ別のクルマに乗り換えたくなるかというと、そうでもないんですよ。新車当時から25年以上経ってますけど、今のクルマと比べても遜色なくカッコいいと思いますし、自分にとっては他に変え難い存在なんです。それに、息子が免許を取ったら、このクルマを譲りたいと思っているんです。だからこそ、しっかり手入れしてあげないとなって」

リヤシートが狭かろうと何だろうと『家のベッドより寝心地がいい』とまで言われ、一子相伝をも約束されたセリカGT-FOUR。もしクルマに意思があるとすれば『クルマ冥利に尽きる』とはこのことではないだろうか。

(文: 小林秀雄 / 撮影: 平野 陽)

※許可を得て取材を行っています
取材場所:平城京朱雀門ひろば(奈良県奈良市二条大路南4-6-1)

[GAZOO編集部]

MORIZO on the Road