天国にいる前オーナーとの絆を大切に・・・2004年式スバル インプレッサ WRX STi(GDB型)

先日、SNSである投稿が話題となった。

22歳の女性が「120万円の予算でどうしてもホンダ シティターボに乗りたい」と依頼してきたその数時間後、「病気で入院するから38年間所有してきたシティターボIIを引き取って欲しいと、昔なじみの女性オーナーから連絡があった」と、ある人物が投稿したのだ。

多くのクルマ好きが身震いし「もしかしたら自分にもそんな奇跡が起こりうるかも・・・」と、運命の出会いを信じたくなった出来事かもしれない。

事実、この取材を続けていると、このSNSの投稿のような「事実は小説よりも奇なり」としか思えない出来事に遭遇する機会がしばしばある。今回のエピソードもそのひとつだ。

鮮やかなブルーにペイントされたスバル インプレッサのオーナーは34歳の女性。大変失礼ながら、女性オーナーらしさを感じさせる演出が、このクルマには皆無といっていいほどのスパルタンさすら感じさせる個体だ。もちろん、それには理由がある。前オーナーが所有していた状態から逸脱させないための配慮でもあるようだ。

現オーナーである彼女の、愛車に対する想い、そして前オーナーへの敬意と最大限の誠意がひしひしと感じられるエピソードをご紹介したい。

「このクルマは2004年式スバル インプレッサ WRX STi(GDB型/以下、インプレッサ)です。手に入れたのは約5ヶ月前、現在の走行距離は約17万キロ、私が所有してから1万キロほど乗りました。それまではユーノスロードスターとマツダ2を所有していたのですが、このインプレッサを手に入れるにあたって2台とも手放しました」

1992年に初代モデルがデビューしたスバル インプレッサ。8年後の2000年にデビューした2代目は「高密度スポーツマインドカー」をトータルコンセプトに掲げてフルモデルチェンジを果たした。

オーナーが所有する個体は「WRX STi」。ボディサイズは、全長×全幅×全高:4420x1740x1430mm。駆動方式は4WD。「EJ20型」と呼ばれる、排気量1994cc、水平対向4気筒DOHCターボエンジンが搭載され、最高出力は280馬力を誇る。

2代目インプレッサの特徴のひとつに、2度にわたる大がかりなフェイスリフトが挙げられる。オーナーが所有する個体は、2002年に改良されたモデルにあたり、その表情から「涙目」と呼ばれる(デビュー当時から順に通称「丸目」「涙目」「鷹目」と呼称される)。それぞれ顔つきがまったく異なり、クルマに詳しくない人が見比べたら同じ車種とは思えないだろう。

さて、それまで所有していたユーノスロードスターとマツダ2を手放してまで手に入れたというこのインプレッサ。それほど「運命の出会い」を感じたということなのだろうか。

「愛車の主治医のところでメンテナンスされてきたインプレッサで、今年(2021年)のはじめに前オーナーさんが亡くなってしまったんです。それまで所有していたユーノスロードスターのメンテナンスに来たとき、偶然、このインプレッサが置いてあったんですね。しかも売り物として」

今回の取材はオーナーたっての希望で、愛車の主治医である「CSK garage(茨城県取手市)」で行われた。今回の主役がインプレッサとそのオーナーであることはもちろんだが、手放したユーノスロードスターやこのショップの存在も、この記事を構成するうえで欠かすことのできないエピソードなのだ。

・・・というわけで、改めてこのインプレッサを手に入れることになった経緯を伺うことにした。

「前オーナーさんが人生最後のクルマとしてこだわって探し、ようやく手に入れたインプレッサだと伺っていましたし、本当に大切に乗られていたことも知っていました。それだけに、CSK garageの社長さんも『自分たちの目の届かないところに行ってしまうことは避けたい』というお気持ちが強かったようです。私自身、高校生のときに父を亡くしているので、経緯を伺ったらなんともいえない気持ちになってしまって・・・」

故人が大切にしていた愛車を親族が売却する相手次第で、その後のクルマの運命が大きく変わった話をしばしば耳にする。今回は本当に突然の別れだったようで、前オーナーとしても心残りだったに違いない。

「私よりも先に購入の意思を示した方がいらっしゃったし、自分にも大切な愛車があります。このときは“縁があったらウチにおいで”とこっそりインプレッサに話し掛けて帰宅しました。すると後日、購入の意思を示した方の話が白紙になったんです。私としても、前オーナーさんやインプレッサのことがかわいそうになってしまって・・・。

もともと“クルマをモノとは思えない方”なんです。これまでも、まるで人と同じように接してきましたし。すると不思議なもので、トラブルが起こってもすぐに主治医のところに持ち込める距離だったり、重大なトラブルに見舞われたことがないんです。それと、きっちりメンテナンスしたあとってクルマが嬉しそうな気がするんですよね。オイル交換のサイクルは3000キロごとと決めています。自分の食費よりもクルマが優先です(笑)」

断っておくが、インプレッサを所有していた前オーナーは、現オーナーである彼女の家族や親族ではない。ただ、彼女としては前オーナーの意思を引き継ぐ形でインプレッサを手に入れたいと思ったようだ。しかし、そのためにはユーノスロードスターとマツダ2を手放さなければならなかった。

「インプレッサがあれば人や荷物も載せられるので、マツダ2は新車で手に入れてから2年しか経っていないクルマでしたが、思い切って手放すことにしました。問題はユーノスロードスターでした。こちらは本当に気に入っていて、何があっても手放すつもりはない“一生モノ”と決めていました。とはいえ、ユーノスロードスターは手放したくないけれど、インプレッサもこのままにはできない・・・そう悩んでいたとき、思わぬ話が舞い込んだんです」

「トントン拍子に話が進んで・・・」という展開は今回のようなエピソードで使うべき表現なのだろう。オーナーにとってこれ以上ないといいきれる条件でユーノスロードスターを手放し、文字どおり「トントン拍子で」彼女の愛車がインプレッサとなったのだ。

「CSK garageの店長のお父さん、実はユーノスロードスターが好きなんです。以前から、私のユーノスロードスターのボディカラーやモディファイなど、すべてが自分好みだということは伺っていました。そこで店長のお父さんに“私のユーノスロードスター、買ってくれませんか?この先、乗れなくなるときがきたら私が買い戻させてもらうという条件でよければ・・・”とお伝えしたところ、快諾してくださったんです。私としても、もし手放すことがあればこの人!と思っていた方にお譲りすることができましたし、お父さんが乗れないときは店長さんが運転してコンディションを維持してくれると伺いました。さらにお店で大切に保管してくれると聞き・・・、泣く泣く手放すとしたらこれ以上ない条件だと思いましたね」

誤解のないように補足すると、オーナーとしては突如、主を失ったインプレッサを何とかしたい。しかし「足車」であるマツダ2はやむを得ないとして、溺愛するユーノスロードスターとの別れは耐えがたい。とはいえ、このインプレッサとユーノスロードスターの2台を同時に所有するのは難しい。ならばどうすればいいのか?その狭間で揺れ動いていた矢先に、店長の父親が「一時預かりに近い形で」オーナーとして名乗り出てくれた、というわけだ。

こうして、インプレッサは晴れて彼女の新たな愛車となり、ユーノスロードスターは主治医(CSK garage)のところに来ればいつでも会える(その間も大切に保管され、いずれ手元に戻ってくることの約束も取り付けてある)形で一応の決着がついた。

2シーター&FRのライトウェイトスポーツから一転、4ドア&ハイパワー4WDマシンへとチェンジしたことで、オーナーのクルマの乗り方にも変化があったようだ。

「何もかもが新鮮ですね。こんなにハイパワーなクルマって乗ったことがなかったので、ちょっとアクセルを踏み込んだだけで加速するんだなって(笑)。ただ、屋根が開けられないのというもどかしさもありますね(笑)」

オーナーはスポーツ系のモデルが好みなのだろうか。これまでの愛車遍歴も伺ってみた。

「21歳のときに初めて手に入れたのがマツダ キャロルでした。その後、マツダRX-8を3台乗り継ぎ(当時はAT限定だったので1台目はAT。その後、限定解除してMT車のRX-8を2台)、コペンにポルシェ風のエアロを組んだ「コペルシェ」を経て、ユーノスロードスターとマツダ2、そして現在のインプレッサです」

歴代の愛車にも惜しみない愛情を注いできたであろうオーナー、前オーナーの想いを引き継ぐ形で手に入れたインプレッサも例外ではない。それだけに、モディファイにもかなり気を配っているようだ。

「もともと前のオーナーさんがフルノーマルで乗っていたので、それを引き継ごうかなって思っていたのですが、自分の色も加えてもいいかな・・・と思い、悩んだ末にモディファイしました。エアクリーナーとブローオフバルブをBLITZ製に、マフラーはフジツボ製、ステアリングをMOMO製に交換しました。さらにクイックリリースを装着して、ステアリングをすぐに取り外せるようにしてあります」

せっかくの機会だ。天国から見ているであろう、前オーナーに対して伝えたいことがあれば・・・。

「“この子は私が大事に所有しているので安心してください”とお伝えしたいです。前オーナーの奥さまもこのインプレッサがお好きだったようで、CSK garageの社長さんがクルマを引き取っていくときも『いつもみたいに“お父さんが行ってきます”って出掛けたみたい』と仰ったそうです」

そうなのだ。このインプレッサには前オーナーだけでなく、奥さまの想いも秘められているのだ。そのことを彼女も十二分に承知しているのだろう。

最後に、このインプレッサとユーノスロードスターとは今後どのように接するつもりなのか、オーナーを苦しめる質問かも知れないと思いつつ、伺ってみた。

「難しいです。どちらも大事ですね。どちらかに絞れといわれても絞れないんです。インプレッサも“一時預かり”という感覚ではなく、あくまでも“自分の愛車”として接し、所有しています。それぞれのクルマが、その時々に応じて幸せに暮らしていける環境に置かれているとしたら、それもいいのかなって思いますね」

オーナーとしてはインプレッサとユーノスロードスターの同時所有を夢見ているのかと思いきや、意外にもそうではないようだ。とはいえ、「是が非でも、何が何でも自分の手元に・・・」といった所有欲や独占欲のような感情を抱いていない点が不思議でならなかった。

無事に取材を終えて、帰路につく際の車中でその理由を考えた。やがてひとつの結論にたどり着いた。

「彼女は運命のおもむくまま、時の流れに身を任せ、起きるべくして起こるであろう、ありのままの未来を受け入れる」つもりなのではないか・・・と。

縁があればインプレッサを所有したままユーノスロードスターが手元に戻ってくるかもしれない。仮にそうならなくとも、受け容れる用意はある。彼女が強く案じているのは2台のクルマの行く末であり、自分の欲求は二の次なのだろう。こんな思考を持つオーナーに初めて出会った気がする。

クルマには意志はない。ただの機械の塊に過ぎない。それは揺るぎない事実だ。その一方で、オーナーの意思を感じ取り、それに応えようとしているとしか思えない瞬間があるような気がするのはなぜだろうか。

オーナーがクルマを選ぶのではない。クルマがオーナーを選ぶのだ。信じる・信じないは人それぞれだが、筆者はあると信じたい。また、そうであって欲しい。

もし、その感覚が気のせいではないとしたら、彼女は間違いなくクルマに選ばれ、愛された人だ。それが1台ではなく、たまたま2台だった、ということだ。

彼女がこの2台を裏切ることは決してない。と同時に、この2台から裏切られることもない。むしろ守ってくれているようにさえ思えた。それほどオーナーと2台の愛車との絆に他人が入り込む余地はないのだ。

そんな彼女に深く愛されているインプレッサ、そしてユーノスロードスターのことを、前オーナーも天国から安堵しつつ、微笑ましく眺めているに違いない。

(編集:vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

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