モビリティ水素利活用の拡大のカギは「物流トラック」にあり・・・寺田昌弘連載コラム

トヨタ・ミライに乗るようになり、現実的に水素利活用について考えることが多くなりました。

水素ステーションは全国に179ヶ所(22年12月現在/整備中含む)あり、出かける前日に水素ステーションの位置や営業時間を確認しています。まだ東京から愛知へ走ったくらいで、あまり遠出はしていませんが、昔、バイクでツーリングに行くときのような旅感覚として楽しんでいます。

経済産業省は昨年5月に、2030年には水素価格を1/3にする目標を立てたと発表していましたが、今年に入りエネオスが1,650円/kgに上がり、日本エア・リキードも4月から1,650円/kgになりました。岩谷産業は値上げせず1,100円/kgとありがたいのですが、行政の発表と実勢が乖離しているのが不思議でなりません。これからどうすれば水素利活用が進むのかを考えてみました。

運輸部門のCO2排出量は17%。

日本の部門別CO2排出量の割合の上位3位は、以下の通りです。

  • 発電所等のエネルギー転換部門…40.4%
  • 工場等の産業部門…24.3%
  • 自動車等の運輸部門…17%

まず、電力を生む発電所のCO2削減を進めない限り、BEVに補助金をつけて購入しやすくしても、運輸部門はCO2が減ったとしても、エネルギー転換部門が増えてその効果は少ないのです。

先日EUで協議されていた、2035年以降エンジン車の販売禁止法案が否決され、再生可能エネルギーで作った水素とCO2からなる合成燃料(e-FUEL)などを使い、カーボンニュートラルになればエンジン車も販売可能となりました。

こうなると、FCVでも水素エンジンでもe-FUELを使うHV、PHVでも、水素を多く作り、安くすることが重要になってきます。現在、産業界でも工場などで水素利用が増えてきていますので、運輸部門ではやはり、大型FCトラックでの使用が増えることで、水素ステーションの拡充とともにコストダウンができると思っています。

大型トラックであれば、荷揚げと荷下ろしの場所や、走行ルートがある程度決まっています。そのため、東京・横浜・川崎・名古屋・大阪・神戸・福岡などの物流拠点を中心に大型水素ステーションを作り、大型FCトラックをGPSで管理しながら、AIでどの水素ステーションに何時に行けばいいかなどをコントロールできれば、水素充填渋滞も起こらず、スムーズな物流を確保できると思います。

現在、東京都を中心に走るFCバスのトヨタSORAは24本の高圧タンクを積み、ストップアンドゴーを繰り返す不利な条件のなか、1回の水素充填で約200kmを走行します。トラック業界も現在、試験走行を繰り返していますので、市販されるようになったら、これこそ私たちが預けている税金を使ってサポートしながら、スムーズな拡がりを見せてくれることを期待しています。

水素化コンバージョンに挑むi Labo

大型FCトラックが市販され、補助金があったとしてもすぐに導入できない物流会社は多いと思います。仮に代替しても、そのディーゼルエンジンの大型トラックが中古車として海外で販売され、同じ地球のどこかでCO2を排出していては元も子もありません。

そこで、今乗っている既製のディーゼルエンジンを水素化コンバージョンする「i Labo」をFC EXPOで見つけました。

  • i Laboの水素化コンバージョントラック

この技術開発を進めている生産技術本部長の今井作一郎さんは、1998年、第20回パリ・ダカールラリーの市販車改造部門ディーゼルクラスで、私が優勝したときのエンジニアで、当時は日本を代表するディーゼルエンジンチューナーでした。その当時から今井さんより水素を燃料にしたエンジン開発構想は聞いていました。

そんな今井さんは、ガソリン混合水素エンジンを開発し、公道走行も可能としました。今回はさらに得意なディーゼルエンジン、しかもトラックに搭載される大型エンジンで水素を燃焼し、動力を生む技術開発をしています。

ディーゼルエンジンは、空気を圧縮して高温になったところで微粒化した軽油を噴射して自着火しますが、このままでは水素が使えません。そこでガソリンエンジンと同様に点火プラグを装備し、火花点火方式にします。圧縮比も調整が必要となるため、ピストン形状なども変更します。

ディーゼルエンジンのシリンダーブロックはそのまま使用。ガソリンエンジンと比較するとディーゼルエンジンのシリンダーブロックは、もともとより高い圧縮比に耐えうる強固なものなので、高い耐久性を持っています。あとは水素の搭載方法、エンジンへの供給方法などを開発していて、2024年度 に水素エンジントラックの営業走行による貨物輸送を通して、安全性・実用性・経済性の検証を行うとのことです。

  • シリンダーヘッドを企画しプラグとイグニッションコイルを装備

  • 一番右が今井作一郎さん。パリダカに挑んだ仲間が水素で再びつながる

大型水素ステーションと水素充填方法

大型FCトラック、水素エンジントラックが走り始めたら、今度は大型水素ステーションが必要です。

世界的にみると、水素製造では、フランスのエア・リキード、イギリスのリンデ、アメリカのエアープロダクツ&ケミカルズの3社がトップ3です。このエア・リキードの日本法人である日本エア・リキードは、1907年から日本で初めて酸素ガスを製造したり、液化酸素工場を作ったりと、日本産業を支え、今度は水素でも日本産業や物流をサポートしています。

2024年前半には、福島県本宮市に日本初となる“24時間365日営業”のFCトラック対応水素ステーションを開業予定です。

伊藤忠エネクスグループのエネクスフリート株式会社が運営している軽油ステーションに、2系統化された設備を持つ水素ステーションを併設することで、ディーゼルエンジンからFCトラックまで幅広く物流を支えながら、シームレスに軽油から水素への転換を支えます。

岩谷産業とコスモ石油マーケティングも「岩谷コスモ水素ステーション合同会社」を設立し、国内最大の貨物取扱高を誇る京浜トラックターミナル内にて、2024年中に開設を予定しています。

この2か所の距離が約270kmなので、近隣の配送だけでなく東京・福島間の物流をFCトラックで支えることが可能になると考えられます。これから新東名、名神など高速道路のサービスエリアなどに開設されれば、FCトラックはもちろん、ミライなど乗用車に乗る私たちにとってもメリットがあります。

そして水素充填するモビリティが増えると、充填時間の短縮や、セルフ充填に対応した水素ディスペンサーが必要になってきます。セルフ充填はすでに既設の水素ステーションで始まっていますが、FCトラックなどの大型高圧タンクへの充填を考慮し、大容量充填や、2タンクを同時に充填するダブルノズルなど、開発が進んでいます。

  • 日本エア・リキード、伊藤忠商事、伊藤忠エネクスが2021年に合意した「水素バリューチェーン構築に関する戦略的協業」に基づく最初の水素ステーション。日本エア・リキードと日本水素ステーションネットワーク(JHyM)合同会社が共同で整備する

  • トキコシステムソリューションズが初公開した大型FCトラックなどの充填に対応したミドルフロー仕様のダブルノズルの新型水素ディスペンサーNEORISE

2035年以降のエンジン車の販売禁止法案に反対したドイツのハンブルクでは、25台のミライがタクシーとして走り始め、ベルリンでは3月より200台のFCVのUberタクシーが運行予定です。すでに20台が走り始め、Uberアプリでミライを選択できる仕様になる予定とのこと。

ミライに乗っている私としては、仲間がドイツにも広がっているような気分でワクワクしてきます。燃料電池の技術は日本が進んでいると言われますが、昔の半導体やソーラーパネルのようにならないように、国全体で支え、活用しながらその進歩を支えていってくれたらいいなと思いながら、私は今日もミライに乗って出かけます。

写真:日本エア・リキード、寺田昌弘 文:寺田昌弘

ダカールラリー参戦をはじめアフリカ、北米、南米、欧州、アジア、オーストラリアと5大陸、50カ国以上をクルマで走り、クルマのある生活を現場で観てきたコラムニスト。愛車は2台のランドクルーザーに初代ミライを加え、FCEVに乗りながらモビリティーの未来を模索している。自身が日々、モビリティーを体感しながら思ったことを綴るコラム。


MORIZO on the Road