【試乗記】フィアット・パンダ クロス4×4(4WD/6MT)

  • フィアット・パンダ クロス4×4(4WD/6MT)

    フィアット・パンダ クロス4×4(4WD/6MT)

至高のファンカー

見た目は驚くほど個性的だが、その走りに、他のクルマでは得難い特徴はあるか? フィアットのマニアックなコンパクトクロスオーバー「パンダ クロス4×4」の乗り味を、北海道の雪道でチェックした。

好きな人にはたまらない

代々「フィアット・パンダ」には4×4、つまり四駆が用意されてきた。北側にアルプス山脈、南北にアペニン山脈と、山々に囲まれた環境という点では日本と似たところのあるイタリアでは、高地の集落などでそれが重宝されてきたのだろう。そういう地域を走っていると、今でも稼働しているとおぼしきヨレヨレの初代「パンダ4×4」が路肩に止まっていたりする。そんな場所には時折「ジムニー」もいたりするものだから、日本人としてはほっこりするとともに、小さく軽い四駆の必然性が再認識できる。道も狭い山あいで生活移動のために四駆を欲する向きには、ご立派なSUVよりこういうクルマのほうがありがたいのだろう。

日本市場では「フィアット500」の陰に隠れがちだが、現行型のパンダは2013年から販売が継続している。そのモデルライフのなかで、数量限定で投入されてきたのが4×4だ。パーマネントで売るほどのパイは見込めずとも投入の際にはきちんと完売になるということで、インポーターとしては販売にメリハリをつけるうえでのカンフル剤としても作用しているらしい。

そして新たに2020年秋に投入されたのがパンダ クロスだ。これは4×4をベースにSUVライクなコスメティックを施した派生モデルで、日本市場には初導入となる。150台の限定だがインポーターには既に在庫はなく、新車で買えるか否かは店頭在庫次第というから、普通の4×4以上に人気は高いようだ。

4×4とクロスの基本性能に特筆しておくような差異はない。クロスのほうが全長は20mm、全高は15mm大きいが、それらはエクステリアのコスメティックの違いからくるもので、タイヤサイズ、サスセッティング、最低地上高は同じだ。この外装パーツやルーフレールなどの違いにより、重量は20kg増えて1150kgになっている。

絶妙のパワートレイン

パンダ クロスには独自装備として、ドライブモードセレクターが配されており、モードはオートモードとオフロードモード、ヒルディセントモードと駆動環境を切り替えることが可能となっている。4WDシステム自体は4×4と同じ電子制御カップリングを用いたトルクオンデマンド型だが、クロスのオフロードモードはカップリングの油圧を高めて後輪への駆動配分の応答レスポンスを早める仕組みだ。これ自体は同様のメカニズムを持つ他銘柄でも用いられており、珍しいものではない。でもそれを大仰にもノブ式のセレクターで切り替えさせるところがいじましくて、ちょっと萌(も)える。

エンジンは875ccの「ツインエア」で、最高出力は85PS、最大トルクは145N・mと、これも他のパンダと同一のスペックだ。組み合わされるトランスミッションは6段MT。3代目パンダはごく初期にFF+5段MTの廉価版が用意されたが現在は「デュアロジック」のみなので、3ペダルを所望するなら4WDがおのずとセット、かつ年に一度あるかないかの頒布待ちということになる。

このあたり、選択肢にもう少し融通が利くといいけどなぁと思うのは、やはりこのツインエアユニットとMTとの相性がいいからだ。極低回転域では排気量を疑うほどの粘っこいトルクがにじみ出るし、そこから中回転域に向けての力のノリも厚みが感じられて、扱っていて心地いい。路面をやんわりとつかむようなトラクションが欲しいという四駆の用途に、このエンジンはピタリと歩を合わせている。

砂漠や急勾配を力任せに蹴(け)たぐるなんてことはどだい無理だが、雪道やちょっとしたガレ場といったところをゆるゆると走り切るには本当によくなじむ。さすがに高回転域に向けてパワーがぎゅーんと伸びる感じは、ツインエアの前任にして最強に“官能的な実用品”である1.2リッター4気筒の「Fire(ファイア)」ユニットに譲るが、実用品として割り切ればすこぶるユースフルだ。5段MTでも全然いいから、このエンジンがしゃぶり尽くせるFFの廉価版を復活させてくれないかなと思う。

転がすだけで幸せ

何より味わい深さという点でみれば、今どき2気筒でクルマを走らせるという、その生々しい鼓動感や牧歌的なサウンドによる疾走体験は他に代わるものがない。いや、正しくはフィアット500もあるし、その昔は「クライスラー・イプシロン」という個人的には大好きだった“黒歴史”もあったが、フィアット・パンダとのコンビネーションこそ至上ではないかと思う。

その理由は乗り味の丸さにあるのだが、近年、フィアット・パンダはさらにそのしなやかさを高めた感がある。俗にいう熟れ熟れ。ラーメン二郎でいえばド乳化系、ウイスキーでいえば12年を超えて18年ものといった趣なわけだが、考えてみればそれこそこの車台は先代パンダからの系譜……ということで、偶然ながら18年ものだ。時とともにうまみが徹底的に引き出されたその車台と、温和な2気筒エンジンとの相性がいい。

プルプルと震えるステアリングをなでながら、ボロンボロンブビビビィーンと発電機のようなエンジンを歌わせてギアをつないでいくと、ふわふわとキャビンを心地よく揺すりながら淡々と速度を上げていく。なんかもう、筆舌に尽くし難くユルい。存在の耐えられないユルさともいえようか。その車名も絶妙に折り重なり、速度はまぁまぁな領域でさえ、花やしきのパンダカーにでも乗っているようなお花畑の気分になる。頭に流れるBGMは田中星児かゴダイゴか。ここまで勝ち抜け気分があおられないクルマも珍しいとも思う。

割り切れば大満足

それでもワインディングや高速を走るにまったく不安がないのは、履いているスタッドレスタイヤが氷特化ではなく全方位型チューニングの「ミシュランX-ICE SNOW」だったこともあるかもしれない。が、大本にあるのはフィアットの小型車の足づくりのうまさだ。これはもう先代パンダやフィアット500などでも散々感心してきたポイントだが、このシャシーのドーンとまっすぐ走りつつもヒラヒラペトッと軽やかに曲がるというそのコントラストは、ちょっと他に例がない。フィアットの、Bセグ以下級における勘どころのつかみようは昔から本当にすごいと思う。

大人2人に子供2人のファミリーカーユースを想定すれば、恐らくパンダはギリッギリのキャパシティーではないだろうか。雨が降ったからと駅に迎えに行った先で自転車を積むのも大変だし、みんなでキャンプでも行こうかといっても本格的なテントやコンロといったギアを積む余白はない。もっとも、生活四駆的なパンダ クロスで行ける場所はタープを積んで日帰りするにふさわしい場所だろう。もちろん車中泊は相当に厳しい。

でも、寝食やガチのアクティビティーは星野リゾートに任せようかと腹をくくれば、内燃機のプリミティブな味わいとともにふかふかのライドフィールが毎日堪能できて、お休みの日には、よそさまよりちょっと奥深くまで苦もなく入っていける走破性が手に入る。それで十分じゃないの? と足るを知るなら、このクルマの輝きはグッと増すことになるのではないだろうか。プリミティブな経験は大人になるほど買ってでもやりたくなるけれど、パンダ クロスは間違いなく我慢より楽しさが勝っている。

(文=渡辺敏史/写真=webCG/編集=関 顕也)

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